ことばあそびか、こころのさけびか
みずぐちもとゆきが綴る日常と非日常

友達が水害の被災者になって思ったこと。

20140818 福知山市丹波市 水害を受けた地域に行ってきました。 友達がいわゆる被災者になってしまったので、 家の片付けを手伝うためです。

0817 おひるごろ 前日16日の雨のことが気になって、にっしーに連絡してみる。 舞鶴の実家は問題ないけど、丹波竹田の下宿の方が浸かったかもとのこと。

慌てて、ニュースを調べてみても、まだ全然報道されていなかった。 福知山に拠点を持つ両丹日日新聞で、水に浸かる福知山市街地の様子を知る。

にっしーに連れて行ってもらった、ゆらのガーデンとか、新町商店街とか、広小路通りとか その辺りなのかと、思われる街に濁った水が溜まっているのが写真に写っていた。

にっしーから連絡。下宿がやられていたとのこと。 翌日に作業する、と聞いた。 打ち合わせなどが入っていたが、先方のご協力もあって、調整できた。

よる まーくんから入電 翌日、現場を見にいくために、車を出すから乗って行かないかとのこと。 綾部まで辛うじて列車が動くことは確認していたが、ちゃんと動く保証はない。 運んでもらうことにした。

0818 あさ 車でまずは綾部へ。 いでっちも、「暇なんで」といって、一緒に行くことに。 4月に埼玉から高崎を回って、京都までドライブした3人が再度集まった。

幸い縦貫道は丹波ICまでなんの問題もなく動いていて、27号も崩れた部分もなかった。 綾部でにっしーにバトンタッチ。 いつも通っている175号線の塩津峠は通れないとのこと。 違うルートで丹波竹田に向かう。 府道福知山市街地に向かうごとに、徐々に路面に泥が目立ち始める。ゴミも流れ着いている。 途中から市街地からそれるルートを取るが、市街地に向かう車が何十台も溜まっている。 その日は1日渋滞が絶えなかったらしい。

丹波竹田 時々来るお馴染みの駅前。 踏切の近くの線路は、枕木の下の砂利が全くなく、線路が宙に浮いている状態。 駅には止まって動けなくなっている特急。 自動放送では運転見合わせのお詫びが流れ続ける。

にっしーの下宿。 なぜかそこだけ、まわりよりも路面が低くなっている。 言われてみればそうだった。 なのに、こういうことが起きないと、その事実に気づかない。

にっしーはしばらくの間、何をしていいのか分からないという感じだった。 昨日様子を見に来ていた。 「時間が経つごとに、だんだん現実味が増してくる」ということを言っていた。

結局、床上で90cm。 外に至っては、僕の目線の高さ(160cmくらいかな)まで水が来ていた。 壁には水がしみ込んだ後がくっきり残っていた。 写真を撮ってくれ、とにっしーはしきりに言っていた。

家の中は泥だらけだった。 誰だかよく知らんおっちゃんが、道具をもって手伝いにきてくれた。 おそらく大家さんの知り合いで、代わりに様子を見にきてくれたんだろう。

「まず床の泥を落とさんと。床板が水を吸って浮いてくるから」 的確な指示。ひとまず家財道具を出して、床掃除ができるようにする。 3段のカラーボックスの下二段が水につかっていた。 彼が買い集めてきた本もCDもステレオも水につかった。 たまたま一番上の段にあった本数冊だけが生き残った。

台所の下の戸棚の中。食器の中にはまだ水がたまっていた。 泥だらけになって、もうほとんどが使えなかった。 冷蔵庫や洗濯機はわけの分からないところで倒れていた。 どうやら水に押し流されたらしい。 当然もう使えない。

家の前の庭は泥がたまって、まったく引かない。 「田んぼよりもひどい」 ヘドロのような、粘り気のある泥に足を取られる。 重い荷物を運ぶものなら、重みで滑りそう。 靴は泥がへばりついて、重くなるばかり。

しばらくして、にっしーのお父さんが来てくれた。 ひたすら庭の泥を、スコップとへらのようなものだけでどけてくれた。 ただただひたすらにそれを続けていた。

午後には会社の人も加わってくれた。 会社はとりあえずなんとかなったらしい。 他にも被害にあった社員の家を順番に回っているという。

なんとか夕方には、床掃除までが終わった。 ぼくはここで引き上げることにした。 後から聞いたが、その翌日の作業でほとんど片付いたという。

現地に行って、報道よりもひどい現実だった印象。 あがってくる情報だけでは、被害の状況はわからない。

水害被災ボランティア。

とても堅苦しい響き。 でもボランティアをしに行ったつもりはない。 結果そうだっただけ。 友達の家が水に浸かってしまったから、片付けるのを手伝いに行った。 ただそれだけのこと。

「まちづくり」「地域おこし」のような活動。 自分がとても薄っぺらく捉えていた。 災害という「緊急時」に自分のコミュニティ以外の、 それでも困っている人にどうやって手を差し伸べられるか、 どうやっていち早く、その人たちを日常の生活に戻せるか。

残念ながら、ぼくはそんなことを微塵も考えたことはなかった。

誰だかよくわからないけれど、いち早くやってきて、手伝ってくれるおっちゃん。 家財道具がほとんど使えないのに、まだ使えるのではないかと、あきらめきれないにっしー。 ガスやら水道やらの点検を一人でもくもくとされる作業員。 いつの間にか空き地にできあがったゴミ捨て場と、そこに捨てに行く人。 使えるものがないかと物色しに来る人。 意味もわからず、「あら大変ね」だけ言いにくるおばちゃん。 そんな現状も知らずにゆうゆうと暮らしている人。

たまたま災害というフィルターがあるおかげで、人となりが際立って見える。 でも日常の延長でしかない。

災害が起きた時、 人が日常積み重ねてきたことが、しわ寄せのように押し寄せる感じがした。 よってたかって、人の目に触れるものになる。 ちょっとした気遣いも、ちょっとした嫌味もよくわかる。 身に沁みるほどわかる。 誰がいいとか悪いとか、そういうことではなく。

いま、広島でも土石流で多くの被害が出ているという。 でも福知山や丹波の方が気になる。 広島はたまたま知り合いが被害にあってない。 今回の丹波は、とくに友達が被害にあったから、現地までいったのだと思う。

人は基本的には、他人ごと。 自分のことや身近な人以外のことは関係ない。 あるいは見たくないのかもしれない。

僕も今回いってみて、正直とても疲れた。 体力的なものではない。 精神的な疲れ。 いまはとても頭がいっぱい。 これを書くのも精一杯だった。

でもいま書かねば、絶対に忘れてしまう。 これを読んでくれた人が、あるいは後に自分が こんなことがあったのだと、自身を振り返ってくれたらうれしい。