さすらいライター、みずぐちもとゆきが綴る日常と非日常

つくるなら素材にもうつわにもこだわりたいのです。

f:id:mizumochy:20170610025251j:plain

 

ラジオやら雑誌に憧れる。
かたちのことばかり目が行くんだけど、
なにが気になるんだろう。

 

どちらにも共通するのは一見すると雑多な内容が、
受け手の想像の範囲を超えたどこかでつながっていること。

続きを読む

きょう、なにたべた?

f:id:mizumochy:20170520115320j:plain

 

普段何気なく過ごしてしまうと、口にするものなのに
気にしないでいろいろなものを食べている。

 素材一つひとつにこだわった食事はそれだけでも貴重だ。

続きを読む

きょうから私はカフェオレ「しか」飲まない!

f:id:mizumochy:20170516004529j:plain

 
実は近ごろカフェオレがマイブーム。
 
「カフェオレなんて子供の飲み物」って、無意識に思ってたようで、
学生でカフェでお手伝いするころから、コーヒーはほぼブラックだった。

休日はソファで丸くなる。

ふと思い立って、あるブログを読んでいた。
思いつくままに読みふけると、当時は気にも留めなかったものに目がつく。

続きを読む

2月3日 とおき春よ。

f:id:mizumochy:20170204005028j:plain

 

今日はある女子学生との打ち合わせ。彼女とは3月末にトークイベントを企画中。
いまは「春」は名ばかりで肌寒いが、当日にはサクラが咲いているだろう。

続きを読む

2月2日 進め進め。

f:id:mizumochy:20170203022735j:plain

まるっきりニートだったのはなんとか昨日1日だけで済んだ。

仕事が決まらなかったら、と思うとゾッとする。

とはいえ、職場も仕事仲間も、大好きな本屋も1日にしてなくなった
その喪失感は耐えようがない。

 

続きを読む

2月1日 小さなチーム、大きな仕事。

f:id:mizumochy:20170203023410j:plain

「売る」以上の向こう側の仕事。
店の先輩の誰に聞かされたわけでもない。
でも彼らの背中はそういう仕事をしろと語りかけてくる気がした。

続きを読む

冬の休日はこたつから出にくい

f:id:mizumochy:20161214224234j:plain

 

いま思い返せば、幼い頃からそうだったけど、ぼくは他人が知らないことを知って、解説したり、伝えたりすることが多い。

続きを読む

喫茶店で待ち合わせるような、そんな関係がちょうどいい。

f:id:mizumochy:20160903001417j:plain


『生きていくうえで、かけがえのないこと』吉村萬壱亜紀書房
『生きていくうえで、かけがえのないこと』若松英輔亜紀書房
という本がある。

勤め先の本屋で入荷して、先輩に勧められて手にとった。

 

2人の書き手が「生きていくうえでかけがえのない」
25のテーマに、それぞれの視点で向き合っている。

「食べる」とか「眠る」とか「愛する」とか……。
普段何気なくやっていて、ふとすれば考えたこともない。

 

「待つ」という章があって、
気になって「吉村萬壱」版のその章を読んだ。

SNSでハブにされないように、必死に返信を書く人を見かけて、
本当の友人関係とはなにかと著者は考える。

それから価値のある作品とそれを生みだすための時間という視点に移っていく。
どちらにも共通して、その時間を待てる、耐えることの大切さを示す。
その時間を耐えれてこそ、真に価値ある友人(作品)になるという。

 

そういえば、そんな関わり方をしてくれる友人がいる。
時々、便りをくれて、おたがい頑張ろうといって励まし合う。
忙しくて連絡ができなかったり、予定が合わず会えないことも
なにも言わずに流してくれる。

そんな彼との関係がなんだかんだ4年ほど続いている。
ぼくは彼に対して身勝手かもしれない。
でもそのおかげで、彼とは多くの言葉を交わさずとも、
ぼくにとっては、頼もしい友人である。


あるとき、また別の、大切な友人と喧嘩をしたことがある。
いくら言葉を交わしても、互いの理解が深まらない。
ついに返事をくれなくなった。
焦りを感じる度に関係が遠くなるような錯覚を感じた。

彼らにとって、ぼくは本当の友人足り得ただろうか。


著者はこの章の最後をこう締めくくる。

真に価値あるものは、ラインみたいにすぐには返事が返ってこない。
必要な時間に耐えることで、相手のみならず自分もまた鍛えられるのだと思う。

いまはそれに耐えれるように、自分を鍛えあげる時間なのかもしれない。
そう思ったら肩の荷がすこし軽く感じた。

 

 

 

 

綯い交ぜのあした

f:id:mizumochy:20160721200852j:plain

数週間、数ヶ月、数年、続いてきたそれぞれの楽しさ、幸せみたいなものが、ここ数日で一気に山場を迎えている。


最近「いまの幸せや楽しさは誰かの借り物」という表現を使ってきたけど、いよいよそれを使いきろうとしているのかもしれない。
そして、自分が作り手として、作っていくタイミングに差し掛かっている。

 

自分で作る楽しみや幸せ、どんなものが作れるんだろうという期待と、
果たしてそんなものがつくれるんだろうかという不安と、
めまぐるしく変わる環境に、自分が飲み込まれていく感覚がある。

 

昔はその流れに逆らおうとして、かえってしんどい思いをしたこともあった。

でも今回は、うまくそのなかに飲まれながら、ちょうどいいところに流れ着きそうという感覚。
決してこの流れが悪いもんじゃないという落ち着いた見方ができている。

 

でもまだ、自分が作り出すことに向けての準備に手を付けられていない感じがする。
自分が残り少ない「借り物の幸せ」のなかに浸かっていたいのかもしれない。
なんだかんだで仕事という環境において、自分がつくることを経験してないからだ。

 

果たしてどうなるんだろう。
そんなこという前に、しっかり休んでその偏頭痛を治せと言われそうなので、今日はこの辺で。