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さすらいライター、みずぐちもとゆきが綴る日常と非日常

冬の休日はこたつから出にくい

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いま思い返せば、幼い頃からそうだったけど、ぼくは他人が知らないことを知って、解説したり、伝えたりすることが多い。

 

小学生の時はだいたいことは教科書や黒板に書いてあったし、先生が話してくれているんだけれども、よく友だちに聞かれては解説していた。その延長で、学校新聞を作っていたときはなんだか楽しかった。

 

たまたま人があまり見聞きしないようなことを知ったことも多い。
高校時代までを東京で過ごして、本屋さん的な話で言えば、当時松岡正剛が編集していた「松丸本舗」に週に何度も通っては棚を見ていた。
読める本が決して多かったわけでもないし、そこで人生の一冊に出会ったわけでもない。でもただひたすらに見たことのない世界で、わくわくしていて、なんとなく行ける日は行っていたのを覚えている。

 

おじいちゃんと家族と一緒に通った東京駅のレストランも、そこで食べたビーフシチューももうない。でもモダンなつくりだったレストランも、その時食べたビーフシチューのおいしさも忘れられない。

 

それにしても、思い入れのある場所やものごと、あるいは人もかもしれないけど、訪れることができないばかりだ。

 

ある友人は「知る悲しみ」という言葉が好きなようで、よく口にしているが、ぼくは知っていてよかったと思っている。ただ一方で、知ってしまったからこそ、そこに対してなにもできないでいる自分への悔しさはいまも抱き続けている。

 

きょうあすのことで一杯になっている自分ですから、さきのことなんてまだなにも決められない。
けど一つだけ確かなことは、いまこの瞬間にできることをしたい。それは公私を問わず、ぼくが持てるものを最大限の仕事をしたいと思っている。

 

 

9月2日 喫茶店で待ち合わせるような、そんな関係がちょうどいい。

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『生きていくうえで、かけがえのないこと』吉村萬壱亜紀書房
『生きていくうえで、かけがえのないこと』若松英輔亜紀書房
という本がある。

勤め先の本屋で入荷して、先輩に勧められて手にとった。

 

2人の書き手が「生きていくうえでかけがえのない」
25のテーマに、それぞれの視点で向き合っている。

「食べる」とか「眠る」とか「愛する」とか……。
普段何気なくやっていて、ふとすれば考えたこともない。

 

「待つ」という章があって、
気になって「吉村萬壱」版のその章を読んだ。

SNSでハブにされないように、必死に返信を書く人を見かけて、
本当の友人関係とはなにかと著者は考える。

それから価値のある作品とそれを生みだすための時間という視点に移っていく。
どちらにも共通して、その時間を待てる、耐えることの大切さを示す。
その時間を耐えれてこそ、真に価値ある友人(作品)になるという。

 

そういえば、そんな関わり方をしてくれる友人がいる。
時々、便りをくれて、おたがい頑張ろうといって励まし合う。
忙しくて連絡ができなかったり、予定が合わず会えないことも
なにも言わずに流してくれる。

そんな彼との関係がなんだかんだ4年ほど続いている。
ぼくは彼に対して身勝手かもしれない。
でもそのおかげで、彼とは多くの言葉を交わさずとも、
ぼくにとっては、頼もしい友人である。


あるとき、また別の、大切な友人と喧嘩をしたことがある。
いくら言葉を交わしても、互いの理解が深まらない。
ついに返事をくれなくなった。
焦りを感じる度に関係が遠くなるような錯覚を感じた。

彼らにとって、ぼくは本当の友人足り得ただろうか。


著者はこの章の最後をこう締めくくる。

真に価値あるものは、ラインみたいにすぐには返事が返ってこない。
必要な時間に耐えることで、相手のみならず自分もまた鍛えられるのだと思う。

いまはそれに耐えれるように、自分を鍛えあげる時間なのかもしれない。
そう思ったら肩の荷がすこし軽く感じた。

 

 

 

 

7月21日 綯い交ぜのあした

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数週間、数ヶ月、数年、続いてきたそれぞれの楽しさ、幸せみたいなものが、ここ数日で一気に山場を迎えている。


最近「いまの幸せや楽しさは誰かの借り物」という表現を使ってきたけど、いよいよそれを使いきろうとしているのかもしれない。
そして、自分が作り手として、作っていくタイミングに差し掛かっている。

 

自分で作る楽しみや幸せ、どんなものが作れるんだろうという期待と、
果たしてそんなものがつくれるんだろうかという不安と、
めまぐるしく変わる環境に、自分が飲み込まれていく感覚がある。

 

昔はその流れに逆らおうとして、かえってしんどい思いをしたこともあった。

でも今回は、うまくそのなかに飲まれながら、ちょうどいいところに流れ着きそうという感覚。
決してこの流れが悪いもんじゃないという落ち着いた見方ができている。

 

でもまだ、自分が作り出すことに向けての準備に手を付けられていない感じがする。
自分が残り少ない「借り物の幸せ」のなかに浸かっていたいのかもしれない。
なんだかんだで仕事という環境において、自分がつくることを経験してないからだ。

 

果たしてどうなるんだろう。
そんなこという前に、しっかり休んでその偏頭痛を治せと言われそうなので、今日はこの辺で。

2016年7月11日 未来はみえるか

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この1か月ほど、未来のことについて考える機会に恵まれた。

だれと、どこで、なにをしながら、生きていくんだろう。
その時、まわりの人は、この町は、この国は、この世界はどうなっているんだろう。

 

最近のぼくは、朝起きて、ラジオを聞きながら本を読む。自転車で本屋にいって、仕事をする。帰りに喫茶店でおいしい珈琲を飲みながら、マスターと他愛もない話で盛り上がる。そして帰って寝る。

ほぼそんな毎日を過ごしている。

でも、いつまで続けられるのだろうか。
昨日とおなじ今日が来なかったように、今日とおなじ明日は来ない。
それでもおなじような充実した毎日を送りたいのであれば、そのために守りが必要かもしれない。

 

ある時、父が言っていたことが時々思い出される。

「維持することはなにもしないことではない。たくさん頑張らなければならない。もしなにもしていなかったら、維持なんてできないんだ。」

前後の話を全く覚えていないが、このくだりだけ妙に覚えている。
なにかとうるさかった父親だけど、ぼくら家族がなんでもない穏やかな毎日を過ごすために、それこそ毎日仕事をしているのかと思うと、感慨深い。

 

今日とおなじか、あるいはそれ以上の明日を迎えるために、ぼくに何をしてきただろう。何ができるだろう。

 

この春にリニューアルした新潮社の「考える人」。その冒頭に鷲田清一がこんなエッセイを寄せている。

いままで歩んできた時代が、いま終わろうとしていて、新しい局面を迎えている。
そんな時代に私たちは「先が見えない」というが、むしろそれは確実にやってくるだろう不都合な未来を知りながら、答えを出せていないためでないか、と指摘する。問を考えれば、それだけ問が出てくるいまにおいて、必要とされるのは「できるだけ長く、答えが出ない、出せない状況の中にいつづけられる肺活量をもつこと」だと彼は記す。

 

考えすぎだと言われ続けてきたぼくがいうのはおかしいかもしれないが、考えることは体力がいる。そして孤独だ。
早急に結論を出して問うことがなければ、そこには「同じ意見」をもった仲間がいて、違う意見の人とは対立すればいいから、実はそのほうが楽である。

 

ぼくはいま密かに、世間はもっと迷えばいいと思っている。
簡単に出した結論が正しいととても思えないし、それを盲信することはとても怖い。


だからといって、問い続けることは簡単じゃない。だから少しでも楽に、楽しく、肺活量を鍛えながら、毎日を過ごしたい。

なにも手放しに安心できる未来なんて来ないかもしれないけど、ぼくが過ごす日々のちょっとしたところで「知的体力」を鍛えていきたい。そしてそこにおなじように問い続けてくれる仲間がいることを願う。

 

 

 

5月28日 友達のいるとある喫茶店のカウンターにて。

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「なにか特別なことをしないと」ぼくは脅迫感に縛られてきた。
でも、日々の満足感なんて、大したことをしなくても得られるもんだな、
というのがここ数日の実感である。

 

朝起きて、家事をして、本屋に行って仕事して、ご飯食べて、
喫茶店に行ってコーヒーを飲んで、本を読んで、帰って寝る。
毎日まいにち、そんな感じだ。

そんな毎日がなんだかとても楽しいし、やりたいことがどんどん出てくるし、
しかもそれをどんどんやらせてくれる。それがとてもありがたい。

 

いままでいたところと、いまいるところが別世界のようだ。
いままでいたところが曇り硝子の向こう側にあるようにさえ感じる。
関わってきた人たちがその向こう側に見える。
変化はあるようだが、日々の生活をしている。
違うのは硝子の向こう側ということ。

もしかしたら今までも硝子の向こうからその世界を眺めていたのかもしれない。
でも硝子で仕切られていることを知らなくて、知りたくなくて、
硝子にへばりついてその世界を眺めていたのかもしれない。

だからなんとなく曇っていたし、だからよくわからないことがたくさんあった。
いまは硝子があることに気づいて、すこし離れている。
でもなぜか、そのほうが曇りが晴れたようにも感じる。

 

言葉と感情と思考と。

いつもどれもちぐはぐで、自分の口にすることも、誰かが口にすることも、
正直どれもよくわからなかった。上っ面はわかるんだが、
ほんとうの意味がよくわからなかった。

ある第二言語を話す二人が話をする。
その時、ひとりが90%話せて、もうひとりが80%話せるとすると、
二人が理解し合えるのは72%になるんだそうだ。
ぼくは日本語が母国語なんだが、けどもどこか外国語を話すような心持ちだ。

未だ自分は自分の心持ちに的確にはなるような
言葉のピースを持ち合わせていないらしい。

そのことにも気づかぬまま、世界とぼくとを隔てる硝子は曇っていくばかりだった。

よく省みてみれば、心も身体も思考でさえ、自分の理解の範囲にないことばかり。

そういう意味では、いまの生活ができるようになって、
この歳になって、ようやく自分の人生が始まったのかもしれない。
(じゃあいままでのは何だったんだろうか。。。)

 

いま書いていることも、正直誰かに伝わると思ってないし、
そもそも読まれると思って書いていない。

けれども、きょうこんな心持ちになったことをどこかに書き置きしておきたい。
ただそれだけです。自己満足です。
今はそれしかできないけれど、いまはそれだけだったとしても、書いておきます。

またそこからはじめてみます。