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さすらいライター、みずぐちもとゆきが綴る日常と非日常

きょう、なにたべた?

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四条河原町を少し下がった路地の奥にある、バイタルサイン。
京都静原の農家さんがつくる野菜がメインの料理。

特徴的なのはすべてのお客さんに出される前菜のコース。
アミューズ(突き出し)・スープ・サラダの3品。
どれも野菜メイン。

まだ何も口にしていない状態では、香りや味わいが目立つ。
サラダは8種類の野菜たち。
見た目はほとんど違いがわからないのに、
食べてはじめて、彩りを感じる。

 

普段何気なく過ごしてしまうと、口にするものなのに
気にしないでいろいろなものを食べている。

 

素材一つひとつにこだわった食事はそれだけでも貴重だ。

 

 

本当においしい料理はいい刺激になる。
音楽や映画や本のようにね。

 

一緒に行った彼女がいった。なるほど。
音楽や映画、本にもそういった効果があるのかもしれない。

 

なにを自分に取り入れているのか。
いま自分が本当に欲してるものってなんだろう。
そんなことを日々気にしていきたい。

きょうから私はカフェオレ「しか」飲まない!

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実は近ごろカフェオレがマイブーム。
 
「カフェオレなんて子供の飲み物」って、無意識に思ってたようで、
学生でカフェでお手伝いするころから、コーヒーはほぼブラックだった。
 
でも、ここ最近胃もたれがひどくなってまして。
1日に2杯以上のコーヒーがきついなって、感じるようになった。
 
見た目が大人びてて、落ち着いてるとかよく言われるけど、
実はずっと背伸びしてただけ。
知らずしらずに自分に無理させてたんだってすこし反省した。
 
ブラックコーヒー飲んでたら大人っぽい、
って、その発想がよっぽど子供やん。。。
 
 
というわけで…
きょうから私はカフェオレしか飲まない!
いえではハーブティー
 
 
でもたまにはブラックも飲みたい。
 
(写真)
念願かなって訪れたスマート珈琲のフレンチトースト。
珈琲に合うふわとろ感が最高でした。
 
 

4月14日 休日はソファで丸くなる。

ふと思い立って、あるブログを読んでいた。
思いつくままに読みふけると、当時は気にも留めなかったものに目がつく。

kyofutabaplus.blog.fc2.com

あの頃は毎日必死だった。
書けないことが後々にどうなるかなんて想像もできず、
書き落とした日もいくつもあった。

くだらなくても、短くても、書けばよかったと、
思ったところで、もうその日が、その瞬間が戻ってこない。

こんな気持ちだけど、忘れちゃいけないなと思って、
慌てて打ち込んでいる始末。

まだまだ自分の内に向うコトバばかりだけど、
いつか誰かに届く言葉を紡げるように、といまさら思う次第だ。

2月3日 とおき春よ。

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今日はある女子学生との打ち合わせ。彼女とは3月末にトークイベントを企画中。
いまは「春」は名ばかりで肌寒いが、当日にはサクラが咲いているだろう。

 

彼女はつい先日20歳になったばかり。
大学進学直後から、京都の伝統工芸の職人さんへの取材を重ね、
フリーペーパーを作ってきた。
もともと祖父母が西陣織の職人で、ずっと身近にあった職人と、
作り手をつなぐことを模索しているという。

その取り組みも1年半を経て、ひとつの集大成を迎える。
その門出に参画することになった。

 

学生の頃にはぼくも祭礼の取り仕切り役のおっちゃんたちに取材に通った。

そのころはおっちゃんたちの熱い想いにやられっぱなしで、
なんだかんだ言い訳をしては、その想いをことばに出来ず、
ついには自分がその熱量に耐えかね、つくることを諦めた。

それに引き換え、「ことづくり」を厭わない彼女の姿勢、行動は年下ながら尊敬する。打ち合わせを重ねるごとに、精度も上がっている。

 

イベントは個人でも多く主催してきた。
ある程度の見立てはできるが、毎回開催前はお客さんが集まるか、
反応はどうか、胃が痛くなる思いをその都度繰り返してきた。


彼女にプログラムの設計について聞かれるとき、
いつまでも若いとか、未熟だとか、そんなことを言い訳にしてられない、
ぼく自身もやりたいこと、やるべきことにきちんと向き合っていこう、
と思った。

人生の岐路で「帯を締めなおす」機会をいただいたのかもしれない。
いまから当日が楽しみだ。

 

写真)節分を迎えた近所の達磨寺

 

 

2月2日 進め進め。

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まるっきりニートだったのはなんとか昨日1日だけで済んだ。

仕事が決まらなかったら、と思うとゾッとする。

とはいえ、職場も仕事仲間も、大好きな本屋も1日にしてなくなった
その喪失感は耐えようがない。

 

当初、店がなくなったあと契約もそこまでという話になったときは、
2、3か月フラフラするつもりだった。

ところがいざ2月1日を迎えるとそんなふうにはとても思えなかった。

仕事してないと、世間から遠いところにあるような、
自室が宇宙の暗闇の中を漂って、外には誰も居ないような、
そんな心持がした。

 

たった10か月。
でもその間にあの店はぼくにとってかけがえのないものになっていた。
あそこであった本も雑貨も人も。
それらすべてがうまく引き合わさって、ひとつのお店が成り立っていた。
それらとの関係がなくなってしまったからかもしれない。

 

なんとか来週から新しいお店での仕事に移れそうだ。
それでも喪失感を埋められない。

きょう、夜の河原町を歩いていたとき、遠くに見えるビルのなかに
あの店がないことがとても悲しかった。

それでも前を向いて進む他ないのだ。
そしていつかまた、ああいう素敵な店をやりたいと思う。

 

ありがとう、FUTABA+
ありがとう、そこに関わってくれたすべての方へ。