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さすらいライター、みずぐちもとゆきが綴る日常と非日常

2月3日 とおき春よ。

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今日はある女子学生との打ち合わせ。彼女とは3月末にトークイベントを企画中。
いまは「春」は名ばかりで肌寒いが、当日にはサクラが咲いているだろう。

 

彼女はつい先日20歳になったばかり。
大学進学直後から、京都の伝統工芸の職人さんへの取材を重ね、
フリーペーパーを作ってきた。
もともと祖父母が西陣織の職人で、ずっと身近にあった職人と、
作り手をつなぐことを模索しているという。

その取り組みも1年半を経て、ひとつの集大成を迎える。
その門出に参画することになった。

 

学生の頃にはぼくも祭礼の取り仕切り役のおっちゃんたちに取材に通った。

そのころはおっちゃんたちの熱い想いにやられっぱなしで、
なんだかんだ言い訳をしては、その想いをことばに出来ず、
ついには自分がその熱量に耐えかね、つくることを諦めた。

それに引き換え、「ことづくり」を厭わない彼女の姿勢、行動は年下ながら尊敬する。打ち合わせを重ねるごとに、精度も上がっている。

 

イベントは個人でも多く主催してきた。
ある程度の見立てはできるが、毎回開催前はお客さんが集まるか、
反応はどうか、胃が痛くなる思いをその都度繰り返してきた。


彼女にプログラムの設計について聞かれるとき、
いつまでも若いとか、未熟だとか、そんなことを言い訳にしてられない、
ぼく自身もやりたいこと、やるべきことにきちんと向き合っていこう、
と思った。

人生の岐路で「帯を締めなおす」機会をいただいたのかもしれない。
いまから当日が楽しみだ。

 

写真)節分を迎えた近所の達磨寺

 

 

2月2日 進め進め。

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まるっきりニートだったのはなんとか昨日1日だけで済んだ。

仕事が決まらなかったら、と思うとゾッとする。

とはいえ、職場も仕事仲間も、大好きな本屋も1日にしてなくなった
その喪失感は耐えようがない。

 

当初、店がなくなったあと契約もそこまでという話になったときは、
2、3か月フラフラするつもりだった。

ところがいざ2月1日を迎えるとそんなふうにはとても思えなかった。

仕事してないと、世間から遠いところにあるような、
自室が宇宙の暗闇の中を漂って、外には誰も居ないような、
そんな心持がした。

 

たった10か月。
でもその間にあの店はぼくにとってかけがえのないものになっていた。
あそこであった本も雑貨も人も。
それらすべてがうまく引き合わさって、ひとつのお店が成り立っていた。
それらとの関係がなくなってしまったからかもしれない。

 

なんとか来週から新しいお店での仕事に移れそうだ。
それでも喪失感を埋められない。

きょう、夜の河原町を歩いていたとき、遠くに見えるビルのなかに
あの店がないことがとても悲しかった。

それでも前を向いて進む他ないのだ。
そしていつかまた、ああいう素敵な店をやりたいと思う。

 

ありがとう、FUTABA+
ありがとう、そこに関わってくれたすべての方へ。

2月1日 小さなチーム、大きな仕事。

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「売る」以上の向こう側の仕事。
店の先輩の誰に聞かされたわけでもない。
でも彼らの背中はそういう仕事をしろと語りかけてくる気がした。

小さなチームだった。
でも、その一人ひとりが与えられるだけでないそれぞれの役割を持ちながら、
互いが自然と助け合っていた。

率先して雑務をこなし自分の棚には妥協を許さず、
お客さんのことを第一に考え、よりよい手段を常に選ぶ。
慎重で、大胆に、そして丁寧に。
すごく真面目な、こどものような遊び心をもって。

あの店に馴染めた(と勝手に思っている)のは、
素敵な店を作ってきた一人ひとりへの尊敬があったからだろう。

もっとここで、この人たちと仕事したい。
いままで生きてきて、はじめて「仲間」と出会ったような気がした。

ぼくは10か月、自分の仕事を十分に果たせたんだろうか。
自分の中ではやり残したことが積み上げられる。
そのためだろうか、今朝ははじめて店の夢を見た。
みんなのいるところで、店長となにか相談をしていた。
目が覚めたときにはなぜか泣いていた。

できることが増えた。
気づいたらまだできてないことが膨れ上がっていた。
でもそのなかに無数のやりたいが詰まっている。

なんでもいいからなにかはじめよう。
いまの自分でもできることから、少しずつ。

 

写真)半年ほど前にお店のみんなでカフェに行ったときの図

 

 

冬の休日はこたつから出にくい

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いま思い返せば、幼い頃からそうだったけど、ぼくは他人が知らないことを知って、解説したり、伝えたりすることが多い。

 

小学生の時はだいたいことは教科書や黒板に書いてあったし、先生が話してくれているんだけれども、よく友だちに聞かれては解説していた。その延長で、学校新聞を作っていたときはなんだか楽しかった。

 

たまたま人があまり見聞きしないようなことを知ったことも多い。
高校時代までを東京で過ごして、本屋さん的な話で言えば、当時松岡正剛が編集していた「松丸本舗」に週に何度も通っては棚を見ていた。
読める本が決して多かったわけでもないし、そこで人生の一冊に出会ったわけでもない。でもただひたすらに見たことのない世界で、わくわくしていて、なんとなく行ける日は行っていたのを覚えている。

 

おじいちゃんと家族と一緒に通った東京駅のレストランも、そこで食べたビーフシチューももうない。でもモダンなつくりだったレストランも、その時食べたビーフシチューのおいしさも忘れられない。

 

それにしても、思い入れのある場所やものごと、あるいは人もかもしれないけど、訪れることができないばかりだ。

 

ある友人は「知る悲しみ」という言葉が好きなようで、よく口にしているが、ぼくは知っていてよかったと思っている。ただ一方で、知ってしまったからこそ、そこに対してなにもできないでいる自分への悔しさはいまも抱き続けている。

 

きょうあすのことで一杯になっている自分ですから、さきのことなんてまだなにも決められない。
けど一つだけ確かなことは、いまこの瞬間にできることをしたい。それは公私を問わず、ぼくが持てるものを最大限の仕事をしたいと思っている。

 

 

9月2日 喫茶店で待ち合わせるような、そんな関係がちょうどいい。

ものつくる人 本屋 本のこと 考えごと

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『生きていくうえで、かけがえのないこと』吉村萬壱亜紀書房
『生きていくうえで、かけがえのないこと』若松英輔亜紀書房
という本がある。

勤め先の本屋で入荷して、先輩に勧められて手にとった。

 

2人の書き手が「生きていくうえでかけがえのない」
25のテーマに、それぞれの視点で向き合っている。

「食べる」とか「眠る」とか「愛する」とか……。
普段何気なくやっていて、ふとすれば考えたこともない。

 

「待つ」という章があって、
気になって「吉村萬壱」版のその章を読んだ。

SNSでハブにされないように、必死に返信を書く人を見かけて、
本当の友人関係とはなにかと著者は考える。

それから価値のある作品とそれを生みだすための時間という視点に移っていく。
どちらにも共通して、その時間を待てる、耐えることの大切さを示す。
その時間を耐えれてこそ、真に価値ある友人(作品)になるという。

 

そういえば、そんな関わり方をしてくれる友人がいる。
時々、便りをくれて、おたがい頑張ろうといって励まし合う。
忙しくて連絡ができなかったり、予定が合わず会えないことも
なにも言わずに流してくれる。

そんな彼との関係がなんだかんだ4年ほど続いている。
ぼくは彼に対して身勝手かもしれない。
でもそのおかげで、彼とは多くの言葉を交わさずとも、
ぼくにとっては、頼もしい友人である。


あるとき、また別の、大切な友人と喧嘩をしたことがある。
いくら言葉を交わしても、互いの理解が深まらない。
ついに返事をくれなくなった。
焦りを感じる度に関係が遠くなるような錯覚を感じた。

彼らにとって、ぼくは本当の友人足り得ただろうか。


著者はこの章の最後をこう締めくくる。

真に価値あるものは、ラインみたいにすぐには返事が返ってこない。
必要な時間に耐えることで、相手のみならず自分もまた鍛えられるのだと思う。

いまはそれに耐えれるように、自分を鍛えあげる時間なのかもしれない。
そう思ったら肩の荷がすこし軽く感じた。